
涼宮ハルヒの憂鬱
アニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」を観ていたら、
「エンドレスエイト」という話が、八度も続いた。
夏休みの終わり――8月17日から31日までを、
何度も何度も繰り返すという設定だ。
劇中では、一万五千回以上繰り返しているらしい。
主人公のモノローグでも、二週間を一万五千回以上だから、
ざっくり五百七十五年と言っていた。
一話では、8月17日から31日までの彼らの日々が描かれる。
市民プール、盆踊り、金魚すくい、花火、蝉取り、天体観測、釣り、海水浴……。
夏休みの終わりの二週間の出来事が並ぶ。
そして、8月30日にすべてをやり切って(実際にはやり切れていないのだが)、
8月31日の24時を迎える。
この“同じ話”が、現実の放送でも八回続く。
SFではよくあるプロット「ループもの」であるが、
しかしながら、八回も同じ構造を見せられるとは思わなかった。
シナリオは同一で、画は変わるが、台詞はほとんど同じ。
視聴しているこちらの方が、だんだん辛くなってくる。
いつ話が動くのかと待っているのに、
結局、主人公は最後の最後に諦めてしまう。
次はどうなるのかと、やきもきしながら次の話を視聴する。
「エンドレスエイト」というタイトルは、
“夏休みの終わりの八月が延々続く”という意味だと思っていたが、
途中でふと、“八回続く”の方なのでは、とも思った。
だが、さすがに三十分弱の話を八回もやるとは思わなかった。
作り手側から見れば、脚本家は楽かもしれない。
もしかすると、若手の育成のためかもしれないが。
視聴者は、ただただ辛い。
八回目の最後でようやく打開したが、
観ているだけのこちらも、なかなか堪えるものだった。
エンドレスエイトの驚愕
なんだか「涼宮ハルヒの憂鬱」ではなく、
「エンドレスエイト」だけを解析した書籍まであるらしい。
何について書かれているのかは知らないし、
たぶん、読むこともないだろう。
探偵は、自分のことで手一杯なので。
エンドレスエイトの無情
――ふと、現実の自分の生活を思う。
探偵の毎日は、「エンドレスエイト」どころか「エンドレスデイ」だ。
誰とも会話しない同じ一日を、ただ延々と繰り返しているだけ。
アニメを観ていて辛いどころではない。
生きているのが辛い訳である。
よく考えなくても、
生きている意味なんてあるのだろうか。
五百七十五年も余命はない。
あと十年くらいか。
何もない現実で。
辛いな。






