工藤探偵事務所

Resarch and Investigation

SOAは死んだ。ロックンロールは死んだ。

kudo-shunsaku2009-09-03



SOAは死んだ」というセンセーショナル(?)な記事が注目を集めていた様子をお伝えします。

ネットで行われたSOAの通夜とあいまって大きな波紋を呼んだそうです。



イングリッシュパブ

問題の記事はこれです。

SOA is Dead; Long Live Services [January 05, 2009]

http://apsblog.burtongroup.com/2009/01/soa-is-dead-long-live-services.html


この記事自体は、かなり本年度初頭の記事なので既知の方も多いとは思いますが、そんな話「SOAは死んだ、サービス万歳」を肴にしてイングリッシュパブで盛り上がったというのが、最近の記事に出てました。「ZapThinkフォーラム」での話題です。

これがその問題のパブ(M.J.O'Conner's Irish Pubの外観)です。


SOAは死んだのか? ZapThinkフォーラムレポート(米・ボストン)[2009年08月28日]http://enterprisezine.jp/article/detail/1760

発端の記事である "SOA is Dead." もそうですが、数多の関連記事をも併せて読んでみて戴ければわかりますが、要するにSOAが終わったということではなくて、その逆で普遍的にサービスは必要だよね、という論旨が主流です。

SOA Obituary: Misinterpretations and Perceptive Enrichment

http://apsblog.burtongroup.com/2009/01/soa-postmortem.html

Yahoo! TECH Groups > service-orientated-architecture (SOA)

http://tech.groups.yahoo.com/group/service-orientated-architecture/

Real World SOA (By David Linthicum) > Burton Group: SOA is dead; long live services

http://www.infoworld.com/blogs/dave-linthicum

SOAが終わったのかどうか、に関する自分の考え

http://d.hatena.ne.jp/begirama/20090107#1231333855

Ahh Shucks, SOA Is A Failure

http://blogs.gartner.com/frank_kenney/2008/11/12/ahh-shucks-soa-is-a-failure/


中には、かなり辛辣な記事もある様子です。

例えば、
SOAにより、むしろ、コストは上昇し、プロジェクトは長期化し、システムはより脆弱になったとさえ。経済環境が悪化している今日、サービスという切り口で物事を考える習慣は生き残るが、いわゆるSOAは死んだんだ。」

それに反駁して
SOAは単体ではメリットを持たないように思います。非常に良い技術要素が揃っており、システム開発で上手く使えばメリットが引き出せる筈。」
という意見もありました。


ところで筆者が理解しているSOAに関する総括(勝手な解説)を記載しますと、

SOAでは、EA (Enterprise Architecture) のようにトップダウンで行い、既存の商店街のような建造物を開墾し直すような方式では、無論採用されにくい。だから、小さくボトムアップで行うような形態で侵食すべき(採用して貰うべき)である。しかしながら、小さく実行するのでは、SOAと呼称される共通化という利点が十分に発揮されないし、必然的にコストも割高になる。スモールスタートで小さく発進しならがらも、徐々に他のシステムも同調させて企業内で複数のサービスが同システムを共有するような形で発展していくのが望ましい。」

というのが、勝手な解説です。因みに筆者は肯定派でも否定派でもありません。

筆者が幾つか読んだ記事で、もっとエスプレッソ(抽出)してしまうと
「もうSOAという言葉は使わない。だけど、今後は当たり前に使うでしょう。
 それにも増して、サービスが肝要であります。」
というように(勝手に)集約できるかと思われます。


これら以外にも多数の関連記事が様々な場所にて投稿されています。

造語と偶像

当たり前過ぎるかもしれませんが、"SOA" (Service-Oriented Architecture)と呼称されている言葉は、ウェブサービス(Web Services)などという技術が登場するかなり以前からあった造語であります。それはガートナー(Gartner, Inc.)という会社が勝手に作ったものであり、無節操に造語を造り続けているのは、ご存知の通りです。

それが10年ほど前から再浮上し出して、タイミング良くヒットした曲の如くキャッチフレーズとして認知されたものに過ぎません。"SOA"と同列に Tim O'Reilly の"Web2.0" 然り、最近話題の"クラウド・コンピューティング" 然り、このIT業界ではそういった造語は蔓延している訳です。

造語である言葉の本来意味を探ることには意味はなく、問題はそれがそれぞれの文脈に於いて何を指しているのか?そしてその言葉を使うことによって相手とのコミュニケーションが果たせるのか?が重要なのは、言わずもがなでしょう。

"SOA" という言葉(造語)と使う時の最大のメリットは、無論マーケティングでしょう。そのために造られたのが本来の目的だったことでしょうし。
これにより、

「この道を道なりに真っ直ぐ進んで、三つ目の角を右に曲がって、その先を真っ直ぐ進んで、(…中略…)その周辺の牧草地です。」

という説明をしなくても大体そのあたりという大まかな範疇として利用することが出来ます。例えば、「ジャズ系」などという音楽のジャンルと同様に「SOA的」という様に使ったりする訳です。喋る方がそのジャンルを良く判らなくても使えるのがとても便利です。

また同時にその反面、意図に相反してその周辺自体の負の印象を全て巻き込んだり、或いは、その言葉が指す先に実態が無いのですから、虚無的に思わせたりするといったマイナス面も多い訳です。ですから、一長一短というところでしょうか

こういったバズワード(Buzzwords)は、近年少なくなった「アイドル(虚像)歌手」と似通った状況にあると考えても良いかもしれません。*1

ですから、これらBuzzwordsの個々について善し悪しを軽軽に判断をするのも問題かもしれません。纏わりついた印象を払拭して考慮するのは難しいことですが。

SOAについても同様であり、実際に何が出来るのか?どうすると便利になるのか?どういう事柄について適しているのか?等ということについて熟慮すべきが本筋でありましょう。当たり前の事なのでしょうが、それが難しい訳です。本質を視るためには修練が必要ですしね。

そして、「名は体を現す」という諺もあるように、名前は肝要であることには違いないのですが、名も無き薔薇であっても馨しき香りがする事こそ実存している証明であり、それこそ価値があると考えます。


崩御と賛辞

またこの記事のタイトル自体にも意味があります。

"The King is dead. Long live the King." 「王様は死んだ! 王様万歳!」
というのは、慣例句であるそうです。王様の崩御と賛辞を間髪入れずに言うというのは、不思議なものですが、それを理解するには、英国と仏蘭西の歴史の知識が必要でしょう

The King is dead. Long live the King.

http://en.wikipedia.org/wiki/The_King_is_dead._Long_live_the_King!

但し、「SOAは死んだ」と恰もヒステリックに叫んでいるのを想起させるようなタイトルのキャッチーさ、或いは、厚顔な記事に関して言えば、窮めて単純な構成です。
つまりは「、、、そうなのであろうか、否さ、そうではない。」という文脈であり、「否定→肯定」もしくは「負値→正値」の落差の度合いを広げる事に因って心拍数を無理矢理上げるような、ある意味でドキドキ感を勘違いさせるための手管としての異性との初デートの際にジェットコースターに乗りましょう的なマニュアルに似た窮めて単純なものです。短絡的です。

もう少し砕けて言えば、「釣り」記事とはよく似た構図でしょう。内容の無いブログ記事を書く際に良くやる手法ですね、拙作であるこの記事のように。

読んでいただけた方々には、駄文にて失礼致しました。

デイドリームビリーバー

最後に、"ROCK'N'ROLL is Dead"は、究めて商業的なロックを展開していたレニクラ(つまりレニー・クラヴィッツ "Lenny Kravitz") の過去のヒット曲ですが、"ROCK'N'ROLL is NOT Dead"と心から叫んでいたのは、忌野 清志郎だったような気がします。ジョン・レノン "John Winston Ono Lennon" もそうだと思いますが、清志郎も少なくともその中の一人に違いありません。

黙祷。

*1:-いつも脱線ばかりで申し訳ないですが、のりピーばかりがマスメディアに揶揄されるのも良くわかりません。まさに「堕ちたアイドル」として格好のお手軽な餌食(標的)だからでしょうが、本当にマスメディアには呆れてしまいます。それにも増して、人が死んでいる押尾学の犯罪事件が有耶無耶にしか報道されず、ましてや警察までも隠蔽せざる負えないのは、闇の権力が介在しているとしか想えません。それは、押尾学ではなく、多分、亡くなった銀座のホステスさんでもなくて、犯行現場のマンションの名義であるピーチジョンの社長 野口美佳、そして実際のマンションの本当の所有者さんに都合の悪いことがあったのでしょう、ね。下世話な話題で申し訳ないです。-